江戸を舞台に定着した東京の質屋

東京の質屋を賢く使え

質屋が江戸で定着し、庶民の暮らしに根付いていく過程

江戸を舞台に定着した東京の質屋

東京の質屋は質屋の七にかけて、700年の歴史があるとも言います。

質屋はブランド品のリサイクルショップとして認識されていますが、もともとは金融機関で、質草を担保にお金を借りる場所でした。

日本に銀行も消費者金融もなかった頃、庶民に貨幣経済が根付いた鎌倉時代に前後して始まった金融サービスだといわれています。

造り酒屋の兼業として始まったという説があり、質屋が始まった当時は「土倉」と呼ばれていました。

江戸時代には、江戸の都には多くの質屋があり、庶民は次に金銭が手元に入るまでの間、日用品を預けてはお金を借りていたのです。

今の東京にあたる江戸の人口が75万人と言われていて、そのうち質屋が2700軒以上あったという記録があり、郵便局並の数があったのでしょう。

落語にはたくさんの質屋さんの話が出てきます。

金持ちの伊勢屋の若旦那と、長屋の住人のエピソードです。

当時の質屋では、小質と呼ばれる、生活用品を質入れして、その日のうちにも請け出すというような、短期利用が一般的だったといいます。

質入れしたのは衣類、鍋、釜、大工道具、傘、骨董品などです。

江戸時代は世の中も安定していたため、質屋は定着していきます。

現在のような質屋営業法にあたる、質屋取締令も施行されたため、この時代に質屋の商業形態も確立していきました。

◇参考サイト:「東京の質屋について」■